228 8月16日 Ⅰサム7-8ロマ6エレ45詩20-21
サムエル記第一7章~8章……サムエルは神さまのご命令により、王とはどういう存在であるかを民に示しました。これほどまでに横暴な存在をあなたがたは自分たちの上にいただくのか、ということです。それでもイスラエルは、自分たちの上に王を立ててほしいと懇願しましたが、それは神さまご自身にもうこれ以上、王であってほしくないと願う、きわめて不信仰な態度でした。しかし、神さまはそのような民の態度と選択さえも利用され、至上の王であるダビデをお立てになり、そのすえとしてイエスさまをこの地に誕生させられました。
ローマ人への手紙6章……私たちがイエスさまを主と信じ受け入れたということは、罪に対して死に、神に対して生きるものとなったということです。ゆえに、私たちが選び取るべきことは、死ぬべき罪の行いにもうこれ以上惹かれることなく、主がみことばにおいて示しておられる義の生き方です。私たちは、このみこころにかなう生き方、献身の生き方を選び取ることにより、神さまに喜ばれるものとなってまいりましょう。
エレミヤ書45章……神さまがみこころをもってわざわいを下すことを定められた者たちに対し、それでもみことばを語るということは、どれほどつらく、また悲しいことでしょうか。そのような使命に生きることそのものが大変なストレスとなり、死ぬことさえ意識してしまうかもしれません。しかし、神さまはそのようなご自身のしもべに、最後まで戦いおおせた証しとして、いのちをその戦いの戦勝品として与えてくださいます。私たちもこの日本で宣教すると、反対にあうか無視されるかが大半の反応で、しかも教会の中にさえ問題はしょっちゅう起こるので、そのストレスは大変なものになりますが、神さまは最後まで忍耐する者に永遠のいのち、まことのいのちの祝福を与えてくださいます。信じて日々忍耐しつつ、神さまの祝福をいただいてまいりましょう。
詩篇20篇~21篇……神さまはその御力のゆえにほめたたえられるべきお方です。その御力を神さまは、私たち弱い者に注いでくださいます。私たちは主の御名のゆえに日々苦難にさらされているものです。しかし、私たちは倒されたままでいることはありません。私たちが神さまに祈り求めるならば、神さまは必ず私たちに応えてくださり、その御力をもって私たちのことを助けてくださいます。私たちはこの神さまの御力を、今日どのようにして求めますか。
<祈りの課題>私たちが日々体験している戦いに、神さまが勝利を与えてくださいますように。現実に何に私たちが苦しんでいるか、私たちが具体的に神さまに申し上げ、その祈りの応えをいただくことができますように。
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