163 6月12日 申17詩104イザ44黙14 

申命記17章……主ははじめてイスラエルに王が鼎立されるよりもはるか以前に、イスラエルに王が立てられる場合について語っていらっしゃいます。ただしイスラエルの王は、異邦の王のように、兵力や後宮や財力を誇りとする存在ではなく、主のみことばに教えられることがそのアイデンティティであるべきです。そのような王は神さまによって立てられます。世の者たちがつきたがる王座とは根本から異なるものであり、主の共同体においてリーダーになるということは、そのようにこの世の権力を誇りとするのではなく、みことばに生涯教えられる存在となることを心得る必要があります。

詩篇104篇……農業をはじめとした私たち人間が生産するものの背景、また森羅万象には、創造主なる全能の神さまが介在していらっしゃいます。この事実に気づかされるとき、私たちの心は謙遜にならないでしょうか。私たち人間は自分で生産しているつもりになったり、この世界のあらゆることを見極めているつもりになったりしていますが、すべては創造主なる神さまの御手のもとにあると認めるのと認めないのとでは、あまりにもちがいます。私たちは万事に神さまのご存在を認め、神さまにお従いする、主の民としてふさわしい者として成長しますようにお祈りします。

イザヤ書44章……創造主と被造物はあまりにも異なります。被造物は創造主がおられてはじめて存在するものであり、創造主は被造物がなくても存在されます。しかし、人間は実に愚かなことに、火で燃やして生活の足しにする材木を用いて偶像をつくり、拝みます。創造主なる神さまを捨て、自分よりも劣る被造物を拝むのです。私たち主の民はそれではいけません。いつも、どんなときも、創造主なる神さまの御前に礼拝をおささげし、偶像を遠ざける者となりたいものです。

ヨハネの黙示録14章……地から集められた礼拝者、14万4000人は、主の御前で新しい歌を歌いました。それはまるで大水のとどろき、激しい雷鳴のようでしたが、しかしそれは竪琴に合わせて歌われる美しい歌でもありました。その歌はこの、地上から贖われた14万4000人のほかは学ぶことができなかった、とあります。現代でも同じことが起きていないでしょうか。私たちの歌う賛美に、世の人たちは魅力を感じず、見向きもしません。しかし私たちはその歌を御霊に満たされ、喜びいっぱいに歌います。選ばれた人だけがこの天上の賛美を学ぶという主のお導きは、すでに実現しているのです。

<祈りの課題>私たちが偶像、あらゆるむさぼりから守られ、主の民としてふさわしい歩みをしていくことができますように。

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