114 4月24日 民1詩35伝11テト3
民数記1章……十二部族が数えられたのは、のちに控えている戦いに備えるためです。そのような中にあっても、レビ族の数は登録されませんでした。主に礼拝をささげる(ために働く)ということは、それほどイスラエルの民にとって特別なこと、大事なことであり、世的なことと混同されてはならないことでした。
詩篇35篇……私たちはときに、敵の攻撃にさらされることがあります。しかし私たちは窮することはありません。なぜならば、全能なる神さまが私たちの味方であり、戦ってくださるからです。私たちのすることは、神さまの御名を必死に呼び求めることです。
伝道者の書11章……若いときにはどんな自由も利くように人は思いがちですが、その若いときの「あやまち」も、例外なく主のさばきの対象になります。特に主の民に属する若者は、自分はあのとき若かったなどという言い訳をしてはいけません。若かろうとも主の御前では責任を問われるもので、私たちは若い日より自分の罪を認め、悔い改めることを常とする必要があります。
テトスへの手紙3章……分派をつくることはなぜ除名されるべき罪なのでしょうか? それは、そのような者は分派をつくることによって、教会のコントロールから脱した、自分のしたい放題のカルトを形成することになるからです。このような者の聖書解釈を正しいとか、実のあるものとか考えて、従おうとしてはなりません。
<祈りの課題>日本と世界の教会がカルトから守られますように。インターネットサイト「異端・カルト110番」の働きのために。
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