079 3月20日 出31ヨハ10箴7ガラ6
出エジプト記31章……安息は極めて聖なるものです。私たちはこの安息をもって、神さまの御前に出て行きます。神さまの御前に休みもしないでがつがつと生きることをやめないならば、それはどれほど神の民にふさわしくない生き方をしていることでしょうか。私たちは安息の日を神さまの御前に聖別するために、普段から計画を立ててまいりたいものです。
ヨハネの福音書10章……イエスさまへの迫害はすでに始まっており、イエスさまの語られたおことばのゆえに石を投げつけようとする者たちが現れていました。そのような者たちの迫害からイエスさまが逃れておられたのは、迫害そのものを避けるためではありません。石打ちで死なれるのではなく、十字架で死なれるためでした。
箴言7章……誘惑する人妻がどれほど恐ろしい存在か、そこからいかに身を避けなければならないかを、これでもかと語っています。それは、この存在が恐ろしいからということもさることながら、クリスチャン男性はいかにきよめられた存在であろうとも、このような誘惑に弱いことを認めるべきだからということもあります。きよさを保つため、主の恵みとあわれみに今日もすがる必要があります。
ガラテヤ人への手紙6章……このみことばは「御霊に蒔く」ということは永遠のいのちを刈り取ることにつながると語ります。その種蒔きは具体的に言えば、信仰の家族、すなわち同じ教会で共同体として信仰生活を行う兄弟姉妹に対し、失望せずに善を行い続けることです。
<祈りの課題>クリスチャンたちが性的な罪から守られますように。
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