002 1月2日 創2マタ2エズ2使2

みなさま、おはようございます。

ブログは早朝のうちに更新しようと思います。今朝は8時台と、遅くなってごめんなさい。

では、聖書通読とまいります。

創世記2章……女(エバ)は男(アダム)の心臓近くのあばら骨から取られ、人として造られました。それは、心をともにする存在を象徴していると言えないでしょうか。「それゆえ」「ふたりは一体となる」とみことばは語ります。まことに、夫婦とは別人格であると同時に、一体の存在であります。この「夫婦が一体」ということですが、あらゆる動物がアダムの助け手となれなかった(20)ことからもわかるように、たとえばペットのような存在では一体感を完全に満たせないということが、聖書のメッセージです。配偶者を大切にしましょう。未婚の方は、ふさわしい配偶者が与えられるように祈りましょう。

マタイの福音書2章……新しい王(イエスさま)の出現に、ヘロデもエルサレムの人々も恐れ惑いました。まことに、イエスさまが来られるということは、世の人たちにとって、これまであたりまえのように享受していたものが揺れ動くことを意味します。そして、その存在はイエスさま(と、イエスさまを受け入れた私たち)をなきものにしようと、総攻撃を仕掛けてきます。私たちは主に拠り頼み、これらの世の脅かしに負けないようにしなければなりません。イエスさまの家族を守ってくださった神さまは、私たちのことも守ってくださいます。

エズラ記2章……イスラエルの民の部族名が多くの紙面を割いて列挙されています。私たちはつい、この部族名の列挙に退屈さを感じてしまうかもしれませんが、私たちはここで、ついに時が満ちて帰還できたイスラエルが、その部族ごとに神さまに呼び出される喜びをイメージしてみましょう。私たちに適用するならば、終わりの日に、神さまが教会ごとに私たちを天国に呼び出してくださるイメージでしょうか。読んでいて、「おお! ついにうちの部族もエルサレムに帰れる!」という喜びが伝わってくるはずです。

使徒の働き2章……教会の誕生です。(旧約)聖書のほんとうの意味がわかった聖徒たちは堂々と毎日宮に集まり、また、家々で食事をともにする交わりを持ちました。まことに教会とは、建物があって初めて成り立つものではなく、聖徒たちが主の御名によって集まるところに成り立つものです。そこには礼拝があり、交わりがあり、民全体に証しになる、宣教のわざが伴う奉仕があります。

<祈りの課題>結婚を祈っていらっしゃる兄弟姉妹が、今年、主にある結婚相手に出会えるように。

<明日の通読箇所>創3、マタ3、エズ3、使3

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